夜明け前が一番暗い

The darkest hour is always just before the dawn.
『夜明け前が一番暗い』
どこかの偉人の言葉らしい。
わたしがこの言葉を知ったのは、かつて亀梨和也が主演だった舞台Dream Boys、略してドリボで歌っていた劇中歌『lost my way』の歌詞がきっかけだったと思う。(否めないジャニオタ感)
『夜明けの前が一番暗い 生きてる限り人は迷うのか』
といった歌詞で、恥ずかしながら当時わたしはこれが偉人の言葉と知らず、「へ〜夜明け前が一番外暗いんやなあ」と信じ込んでいた。
実際の意味は『明けない夜はない』といった感じで、どんな困難が訪れてもきっと光は刺す…とかなんとか。
話は変わって、先日わたしはディズニーランドに行くため早朝5時前に起床し、どすっぴんで荷物をひっつかみ家を出た。
10月28日の5時30分頃。
自宅からバスで最寄り駅へ。最寄り駅から新幹線へ。
しかし最寄り駅に向かうためのバスの始発がなく(ど田舎なので)、これはディズニーに行くたび毎度のことなのだけど、タクシーで最寄り駅まで向かう。
10月末の5時30分の空は驚くほど暗くて、すっかり冬の気配。月がすごい光を放って主張していて、星もよく見えた。まるで夜。なのに空の色は、明らかに「夜じゃない」!
夜明け前の空をとぼとぼ歩きながら見上げて、こんな空をどこかで見たなあとぼんやり考え、そうそうこれはスペインの空と同じだわ、とすぐに思い出した。
わたしは大学時代、約3ヶ月ほどスペインに短期留学していたのだけど、日本の秋の夜明け前の空は、日が長いスペインの秋の夜空に似ていたのだった。
スペインの空はとても高くて、電線がぜんぜんなくって、ずっと見上げていたいくらい綺麗だった。朝も昼も、夜も。だから日本に帰国したとき、あまりの空の低さと電線の多さにショックを受けたことを覚えている(生まれてからずっと住んでいるくせに)。
10月末でも、夜のスペインの空はとても明るかったと思う。たぶん、21時頃まではずいぶんと明るい夜空だったかな。日本の、ようやく日が沈みかけた夏のような。なんせ数年前のことだし、夜空なんて意識せずに毎日見ていたので、詳しくは思い出せないけれど。
わたしはスペインの夜が好きだった。
わたしの住んでいた街は田舎で、だけど田舎すぎず、都会すぎず、といった街で、飲み街(いわゆるバル街)が有名だった。毎晩のように22時頃からバル街に出て、友人と待ち合わせて、飲んで食べてよく笑って、たまには泣いたりもした。
今思い返せばあの3ヶ月のことは笑えるけど、スペインではいろんなことがあって、いらいらしたり、悲しくなったり、楽しかったり、感動したり、いろんなことを短い期間で経験した。当時のわたしからすると結構つらい3ヶ月だったけど、思い返せば今年2018年の方が、500倍はつらかったと思う。
2018年は、干支的に厄年ではないけど、わたしにとってほぼ厄年だった。
面倒なので毎月毎月を振り返るつもりはないが、とにかくつらい一年だった。もちろん楽しいこともあった!でもやっぱり、2018年は本当に大変だったし、生きてきた中で一番つらかったと思う。
つい最近11月末、わたしは人生初めて財布を落として(財布も記憶もなくした夜、おまけにワンナイトもした)、それはもうえらいこっちゃだった。2018年も終わりだというのに大事件。周りにも怒られたし、自分自身やるせなくて、1週間は地獄だった。
そのあと、12/2のM-1グランプリで、わたしが去年(2017)のM-1を見てからいきなりハマって全力で応援してきた和牛という芸人さんが、今年も優勝を逃して大号泣して、悲しすぎて数日間なにもやる気が起きなかった。芸人さんを熱烈に応援したのはたぶん和牛が初めてで…というのも、わたしがブラック企業に転職したばかり〜本当に仕事がしんどいときにハマった彼らなので、生き甲斐で、支えだったから、死ぬほど応援していたのだった。
そんなこんなで、むちゃくちゃの2018年末。
早く2019年にならないかしら、年が明ければ厄払いと同じ感じになるのでは?と、根拠のない適当な考え。
でもそんなこんなで、しばらくして失くした財布が見つかったり(お金はなくなっていたけど)、年始に劇場(和牛)に行く予定ができたり、中丸雄一のソロ舞台のチケットを譲ってもらえることになったり、新しい職場の人と楽しく話せたり(実はまた転職しました)、ちょっといいなと思う人に出会ったりして…2018年末、いきなり良いことも駆け込んできた!
夜明け前が一番暗い。
明けない夜はない、とか、特に良い言葉だと思ったこともないし、信じてもいないし、だけど「ケッ!そんなわけないやん」と思うわけでもない。
だけど、本当に最悪だった2018年の最後の最後で、あ〜ちょっとは希望持てるな、最後は悪くなかったなと少し思えた。そしてはじめて、夜明け前が一番暗いの意味を実感したり。
だからといって、わたしの中の格言に追加されたわけではないけれど。でもたしかにそうかもねと少し思ったりして。
実際の夜明け前って、すごく明るい。スペインの夜みたいに。冬が終わるまでにあの明るい空をまた見たいから、もう一度早起きしてみようかなあ。
そしてまだまだわたしの夜は明けきったわけではないだろうから、もっと楽しいことがあると思うから、来年に大期待。クリスマスに風邪ひいて寝込んだけど、だいぶ元気になった!
それでは皆さん、良いお年を。
エム
愛を纏う

一番言われる褒め言葉は、「お洒落やな〜」だと思う。
お世辞でもかわいいとは言えない顔だ。幼い頃からコンプレックスの塊だったけれど、唯一褒められたのは服のセンスであり、中学生の頃、同じ部活で学年唯一のギャルが「遠足で着る服を選んでほしい」と、メールにいくつか全身コーディネートの写真を添付してきたこともあった。思い返せば、あれが一番最初のコーディネート提案で、アドバイスだったかもしれない。
顔は薄くて目つきが悪いし、「おからとか高野豆腐って感じ」と言われたこともあったけど、制服姿の中高生時代、たまに私服を着れば褒められた。そんなこんなで大学時代、 「顔は服でカバーする。わたしは雰囲気かわいいを目指すぞ」と決意したのだった。
ブログはおひさしぶりです、エムです。
書きたい書きたいと言いながらも手をつけていなかったブログ。約半年を経て、ついにポチポチ打ち始めました。
書きたいことが多すぎて逆に困っていたのだけど、わたしの生きてきた二十数年を語るにあたりやはりファッションは外せないと思ったので、今回はそんなお話をぼんやり書くことにする。
先日Twitterで「コーディネートで気をつけている点を教えてほしい」といったリクエストをいただいたので、画像でまとめてみたのが発端。(たくさんの方に見ていただけたようで、嬉しく思っています)
わたしは以前アパレルで働いていたのだけど、そのときお客様から寄せられたのは、「目の前で売られている、店の服を絡めた悩み」が多かったわけで。
たとえば、「これを買うか悩む」「これとこれどっちにするか悩む」「これにはどんな服を合わせたらいい?」など。
お客様はそのショップの服に関連したお悩みを話してくださる方がほとんどなので、わたしはふと『一般の人々が抱えている、ファッション、おしゃれに関するお悩みってどんなものだろう』と気になったのだ。
ファッションに関する悩みや考えがあればぜひ教えてほしい、と、好奇心からお題箱で募ってみたところ、マジのお悩みから漠然としたものまでたくさんのメッセージをいただき驚いた。
お悩み解決しますよ!という意味で募集したわけではなかったものの、結構本気のメッセージを見ると、こちらも本気で返信しなくては…とまじめに向き合った。アパレル時代を思い出して楽しかったので、オールオッケー。
そうして色々なメッセージが届いた中で、特に多かったのが「似合う服がわからない」「お洒落になりたいけどどうしたらいいのかわからない」あたりだったと思う。
わたしは投稿者さんたちをまったく知らないため、的確なアドバイスを差し上げることは難しかったのだけど、相手がどんな顔でどんな服の人か知らなくたって、とりあえず平等に言えることはある。
まず、「お洒落である」とはなんだろう。
これって、捉え方は人それぞれだとわたしは思う。自分の好きな服装の人がお洒落だと感じることもあれば、自分とは真逆で奇抜な服装だからお洒落、色使いがお洒落、なんかわかんないけど雰囲気がお洒落(?)…と、色々あるはずだ。
それもそのはず、ファッションとは自由なのだから。
それぞれ感性が違って、色々あるからおもしろい。だからわたしは、お洒落であることの定義なんて正直なところないと思っている。
ファッションを愛するわたしとしては、「お洒落になりたい」という気持ちこそがすごくステキなことだと感じていて、服に悩む姿がなにより女の子らしくてかわいいなあとニッコリしてしまうのだ。
お洒落は自由だけど、そんなこと聞いてるんじゃない、わたしは手っ取り早く「お洒落に見える方法」を知りたいんだ!という人のために言えることがあるとすれば、『人と違うものを身につける』が一番な気がする。
わたしがお洒落だと言っていただける理由としては、おそらく「みんなとちょっと違う」が大きいのだと思う。
中学生の頃は誰よりも早く森ガール系の服装をしていたし、当時は誰もベレー帽やストールもつけていなかったはず。高校生の頃はよくカラータイツを履いたり、変わった襟のブラウスを着たり。大学生の頃は古着にハマり、そこらへんで売ってないようなデザインを着ていた。今も相変わらず古着は好きだし、ありふれていないデザインに惹かれる。
もちろん、「みんなとちょっと違う個性派アイテムを身につける」=「お洒落である」ではない。とっ散らかっていたら意味がなく、ここで『バランス』が一番大切になってくる。
以前ツイッターに上げたコーデを組む際のポイントとして、色を使いすぎない、色味を統一する、シメ色を使う…など、大変基礎的だけど、「誰が見ても良い感じ」になるために最も大切なことたちが、全てのコーディネートに通ずると思う。
どんな服装も、もちろん化粧も(さらに人間的にも)、『バランス』が重要で、バランスさえ良ければどうコーディネートしたってまとまるし、お洒落に見えるはず。センスが良い方はいちいちそんなことを考えなくてもバランスよく組めるけれど、コーデの組み方が難しいと感じる方は、ぜひバランスを考えて楽しんで欲しい。
もうひとつ、『似合う服がわからない』については、正直相手のことを生でよく見てみない限りなんとも言えないのだけど、身近なお洒落な人に生でアドバイスしてもらうのが一番良いと思う。
ただそんな人もいなくて、自分で自分に似合うかどうかがわからなければ、好きなものを着ればいいよとわたしは伝えている。
最近はパーソナルカラーや骨格タイプなどが、SNSだけでなく雑誌やテレビなどのメディアにも溢れていて、診断結果に囚われる人が本当に多いなと感じている。
結果に満足して楽しんでいるのならオッケー、最高!このまま貫けばいい。
でも、自己診断で勝手に思い込んで囚われたり、プロ診断でも結果に満足できないまま、あまり好きではない色や形を嫌々使う人々も多いようで、それはとっても残念でもったいないことだと思う。
仕事や学校の制服でもない限り、ファッションは自由なものであり、ほとんど自己満足だと思っているので、好きな服を着ればいい。楽しくなければ、自分が満足しなければ意味がない。
わたしはファッションを愛していて、どん底だったときに力をくれたファッションを、人々にも愛して欲しいと思っている。
服を選ぶのが面倒だと感じている方に強要することはないけれど、少しでも興味があったり、悩んでいたり、お洒落になりたいと思っている方には、目一杯悩んで楽しんで欲しい。
だから様々なファッションの悩みに対し、現役時代はプロとして、今はファッションを愛する者として、一生懸命心を込めて対応するけれど、いろいろ言いつつも「まあ自分が楽しければいいからね!」で〆てしまう。本当にそうだと思っているからだ。
ファッションに正解はない。だからいろいろ試して悩んで楽しんで、お洒落を追求してくれたらわたしは嬉しい。
ようやく秋が来た。服好きはなぜか秋服が大好きのようで、わたしもその1人だ。何を着ても暑い夏服から解放され、いろいろ重ねたりするのが楽しいからだろうか。とにかく秋冬カラーが好きなので、ウィンドウショッピングだけでも心が躍る。
この記事を読んで、少しでもファッションを楽しむ気持ちを持ってくれたら、たいへん嬉しい。ぜひ秋服をたくさん見て、悩んで、楽しんでもらえたら嬉しい。
わたしにとってファッションは、自分自身を高めてくれるもので、盾であり、愛なのだ。
近頃心もお金もだいぶ不安定で余裕がないけれど、だからこそお気に入りのリップをつけて、お気に入りの服を纏う。
それだけで元気が湧いて、強くなれる気がするのだ。だからわたしは、明日も明後日も、愛しい服を纏う。
エム
海鮮居酒屋で号泣した話

こんばんは、エムです。
2回目のブログ更新!(ドンドンパフパフ)
今回は日記のようなものを書こうと思う。
昨日、高校時代からの親友と植物園に行ってきた。
ピクニックをしよう。 お弁当ではなくて、あえてデパ地下でいろいろ買って食べようと提案してくれたのは、わたしがぶっ倒れそうな気持ちでまだ働いている時だったかな。
当日、デパ地下で山のように食べ物を買い、いざ植物園へ。
天気は晴れ時々曇りといった予報だったのに、着いてご飯を食べる時間だけぱらぱらと小雨が降っていて(しかもだいぶ寒い)、若干低めのテンションで場所探し。
屋根付きの広いベンチ(?)にレジャーシートを敷き、きらきらした食べ物を広げ、池の鴨を見ながらよく食べた。
わたしたちはたいへん大食いなので、ノリのいいお兄さんに勧められた唐揚げ、優しいお姉さんが2パック入れてくれたタルタルソースをかけまくった小海老のフライ、ミニサラダ9種盛り合わせ、551の焼きシュウマイ、おにぎりを平らげた。
こうやって文字に起こすと、明らかに食べ過ぎなのがよくわかる…ちなみに夜もあんまりお腹は空かなかったので、確実に買いすぎたよね。
雨はほぼほぼ止み、温室で毒々しいほど鮮やかな花、天井を突き破りそうなほど大きい木を見た。
最初に載せた写真はわたしが撮ったもので、球根ベゴニアというお花。
種類が山ほどあって、同じベゴニアなのにどれもまったく違う花に見えておもしろかった。
チューリップもたくさんで、あとは諦めていた桜がけっこう咲いていたのが嬉しかった。
枝垂れ桜、本当に美しい。桜を見るたび、日本に桜があってよかったなあと感嘆のため息を吐く。
十分すぎるほど植物園を堪能し、街へ戻り、とりあえずカフェへ。
寒いからホットが飲みたいと言いながら、おそらく味の濃い昼食で喉が乾きすぎていたため、アイスを頼む始末。
そこで急に親友が、「今日手紙書いてきてん。読んでもいい?音読するわ」と言い出し、えっ手紙?しかも今音読?とあせるエム。
涙腺が激弱のわたし、こんなところで読まれたら確実に泣くことはわかっていたため、持って帰ってひとりで読ませて欲しいと懇願した。
でも音読したい、じゃあとりあえず今は辞めて、夜ご飯を食べるときに読むとのこと。
それなら個室がいいね、どうせ我々はよく喋って笑うからうるさいし…ということで、個室を検索し、ちまちま食べられそうな海鮮居酒屋に決定。
その海鮮居酒屋がかなりよかった。
完全個室で、コスパがいいのに美味しい。
こういうところのお刺身、だいたい冷たくて、いかにも「今解凍しました」感がいただけないのだけど、このお店のお刺身はいい温度で柔らかく、甘い!
マグロ、この店で飼ってるんじゃないの?
他のお料理もおいしく、あ〜幸せだと食べ終えた頃、「じゃあ手紙読むわ」と…。
個室とはいえ、多分号泣するだろうなとわかっていたし、やはり人前で泣くのは恥ずかしさもあるので、ウーンとしぶったのだけど、仕事頑張ってたから、だから読みたいねんという彼女の強い意志に負けて読み聞かせてもらった。
結果、お互い大号泣。
親友は「エムちゃんへ。…うっ、もう泣けてきた」と早くも涙目になり、そんなん今からわたしどうなるねんとツッコミながら聞いていたのだけど、びっくりするほどアイメイクが落ち、嗚咽を漏らしながら泣いた。
人前であんなに泣くのは久しぶりだった。
正直恥ずかしかったけど、なにより彼女も泣きながらわたしへの思いを伝えてくれて本当に嬉しかったし、多分人に手紙を読んでもらうのって、最初で最後の気がした。(あとは結婚できたら結婚式だな…)
わたしが前職を必死に頑張っていたこと。
周りの人はきっとたったの4ヶ月で辞めたと言うだろうけど、わたしがどんな思いでその4ヶ月働いたのか彼女は知っていて、わたしが前職で受けた扱いを彼女は泣いて悔しがってくれて、よく頑張ったね、よく生きて帰ってきたねと何回も言ってくれて、涙が止まらなかった。
正直これを打っている今もボロボロ泣いている。よく本とかドラマで聞くありふれた言葉だけど、人間の涙って本当に枯れないんだね。
今年で9年の付き合い、誰よりもわたしを理解してくれている友人で、だからこその手紙。
わたしは人に言えない、言いたくない、そして生涯つきまとう悩みをいくつか抱えているので、あんまり長くは生きたくないなって、実は思っている。
だからといって別に死にたくないけど、地球がサラッと滅亡しないかな〜と考える日もある。
親友はわたしの悩みのいくつかを知っていて、そして彼女もたいへんな悩みをいくつも抱えていて、お互い馬鹿みたいに笑って漫才みたいなやりとりをするくせに、わりと根は馬鹿まじめで、そして疲れ切っているんだよね。
だからこそわたしたちは人前でよく笑うし、笑わせようとするし、元気でいようとするんじゃないかな。もちろん楽しいから笑うのだけど。少なくともわたしは。
親友のことはよくわかるし、楽しいし、大切だし、一生の付き合いにしたいね。
海鮮居酒屋で20歳をとうに超えた女2人が大号泣したこの日を、そしてこの手紙を、わたしは絶対忘れない。一生の宝物。
手紙の返事はちゃんと手紙で返すね、と言ったのに、返事みたいなブログを書いてしまったなあと少し後悔している。
でも書きたいことはもっとたくさんあるから、彼女への返事はちゃんと手紙で書く。
とりあえず次街に出たときは、かわいい便箋を買おうと思う。
エム
仕事を辞めた
仕事を辞めた。2回目。
前職のアパレルを辞め、数ヶ月のニート期間を経て、昨年12月に転職。
もともと接客が好きで、というより人に喜んでもらうことが好きで、いわゆる「ホスピタリティ・おもてなし精神」を大切にしているタイプの女です。
(そのルーツは東京ディズニーリゾートなのだけど、ディズニーについて語り始めたら1週間かかるので、それはまたいつか)
仕事を2回辞めた今、自分の中で整理が必要だなと思った。
インターネットをずいぶん早くからやっていたので小学生のときが初のブログ開設だった。とっても久しぶりにブログを書いてみようかなと思い、はてなブログに登録です。
前職。
学生時代から『年末年始や世間の長期休暇が働きどき』のアパレルのバイトをしていたし、平日休みでも構わないと思っていたけど、新卒で実際に働いてみるとなかなかにしんどかった。
経費から落ちないタクシー代を払い、片道2時間かけて元旦の早朝に出勤した日のことは特に忘れられない。学生時代の友達が、休暇を楽しんでいる様子のインスタをアップしていて、余計に疲れたのを覚えてる。
アパレルは意外と肉体労働で、前職(すでに前々職となった)は日付が変わる頃に帰ったり、心身ともにやられていった。
最後は店長代理もしたし、いい経験だったとは感じているし、とにかく服を通してお客様と話すのが好きだった。正直、アパレルは天職だったのかなとも思う。
わたしの母は昔交通事故にあい、それから体を動かすのがしんどい(線維筋痛症などなど、たくさん抱えている)のだけど、そんな母にわたしの生活リズムに合わせてもらうのがつらくて、最終的に辞めた。
他にも理由はあって、むしろそれが大きいのだけど、それなりの会社だったし、身バレが怖いので詳しくは書きません。
今回の転職。
接客を諦めきれず、でも土日休みも欲しい…という無茶な要望を満たしたのが、今回の会社だった。
土日休みで、接客業。どちらかというと、営業販売。ここも特殊な会社で、あんまり書くと確実にバレそうなので詳細は控える。
圧倒的縦社会、正直宗教のような会社だった。
しかし以前からサイコパスみたいな上司を相手に働いてきたし、前の会社もわりと縦社会だったので、そこは目をつむった。
だけど、でも、おかしかったんだよね。最初からうすうす気づいてたけど、この会社本当にヤバイって!
周りに転職先のことを話すたび、「そこめっちゃヤバない?」と言われた。人に話すたび自分のおかれている環境に恐怖したし、でもそんなすぐに辞めてられないし…となんとか頑張ってきたけど、面接で聞いたことと全く違う労働条件で働かされていることをありありと実感して、退職しようと思った。
関西勤務のはずが、なぜか北陸、中国地方、四国を飛び回って、平日は家に帰れなかった。
休憩はなくて、お昼ご飯はほぼ食べられない日々、ホテル生活のため不健康な食事で、精神がおかしくなるかと思った。
上司は9割男で、気遣いのかけらもなく、わたしを含め女の社員は常にしんどい思いをした。
売上のことしか考えていないので、残念ながら人への気遣いやお客様へのおもてなし精神は持ち合わせていないらしい。ご愁傷様。
2週間くらい前、岡山行きの新幹線の中で1時間以上泣きっぱなしで、もう無理だと思った。
3列シートの真ん中でずっと泣いているわたしを、気まずそうだったけどずっとスルーしてくれたサラリーマンのおじさんたち、ありがとう。
翌日マネージャーに連絡したら、わかっていたけどずいぶんと軽い反応で(なんせ今年に入って退職する人間はわたしで21人目。お察し)、とりあえず3月いっぱい、あと2週間はいて欲しいとのことだった。
こんなに皆辞めまくっている会社なので、正直今日にでも辞められるのではないか?と思ったけどそれは無理だったらしい。
なんとか2週間働いて、3月のラストフライデー、めでたく退職。
恨みしかない弊社(もう今後言うことはない、ヤッター)、最高にハッピーな気分で終えられると思っていたのだけど、最後の最後、今週のチームの上司が大変いい人だったので、少しさみしい気持ちになったのは秘密。
毎週チームが違うため、もちろん毎週上司、先輩も違う。毎週失望させられるのには笑った。
しかし今週の上司ふたりがとっても優しく面白く気遣いもしてくれる人たちだったので、「もうすこし働きたかったなあ」などと戯けたことを思ってしまった。
特にお気に入りの上司はわたしを「エムちゃん」と呼んでくれた(本当はもっとかわいく呼んでくれた)ので、この人ともっと早く出会っていたら、もう少し希望が持てたのかな…なんて。答えは否だろうけど。
情で働くのはなにより良くないと、前の会社でもよくわかっていたことなのに、馬鹿だなあと失笑。
なにより笑えるのは、最後別れた後、上司が車の中から「エム!スーツケース忘れてる!!!」と叫んだこと。スーツケースを忘れて一生の別れをするところだった。
正直憎しみしかない会社だし、今すぐ社長に電話してこの会社の有様を伝えてやりたいくらいなのだけど、ハモンセラーノと生ビールを買ってご機嫌なので、とりあえずはおとなしくすることにする。
この苦しい数ヶ月の中でわたしを支えてくれた和牛(お笑い芸人)に、とっても感謝したい。たくさん笑わせてくれてありがとう。
親友、たくさん優しい言葉をかけてくれてありがとう。
そして母、また5日間ホテルに泊まるわたしを送り出す日は必ず豪華なご飯を作ってくれてありがとう。
不安ばかりで辞めている場合ではないのだけど、いたわれマイハート、いたわれマイボディなので、とりあえずすこしゆっくりしたい。
勉強をしたいと思っているので、バイトをしながら次の職に繋がりそうなことを勉強して、今度こそしっかり腰を据えることのできる会社に勤めたいなあと思っている。
2社経験して、会社なんて働いてみないとわからないし、企業理念なんて正直まったくあてにならないことを気付かされた。
それでもやっぱり、わたしは誰かを喜ばせたいし、やるならやりがいのあることをしたいので、同じような気持ちを持つ人々が集まる会社に行けたらいいなあ、なんて。希望をもつことは辞められない。
だらだらと書いてしまったけれど、これはひたすらにわたしの心の整理です。
すべての悩める社会人、または未来の社会人が、すこしでもハッピーに毎日を過ごせますように。
みんながあと少しずつ愛をもって接すれば、もうちょっと息がしやすい世界になるのにな。
いいこともわるいこともたくさん吸収したからこそ、ベストな自分を見つけたいなと思う。
しばらくは憂鬱からグッバイして、まずはわたしより1週間早く辞めた同期と飲みに行ってきます。
エム